01. きっかけはTwitter。未知の国に海外就職することになりました。

◎この記事は、2020年11月14日に、noteにて公開した記事と同じ内容です。

こんにちは。あやです。

海外で仕事が決まり、2020年11月11日に渡航します。
行き先はポーランド🇵🇱です。日本語の先生になります。

ほんの3ヶ月前まで、今年のうちに海外で働くことになるとは、
全く想像もしていませんでした。

日本語教師を志した時から、
「いつか」海外で働きたいとは考えていましたが、

コロナ禍でしばらく海外にはいけないし、国内に留学生は少ないし、
「日本語教師はしばらくできないかな、これから仕事どうしようかな…」
とさえ思っていました。

そんな時に引き寄せられるように、とんとんとお話や準備が進み、
本当にポーランドへ行くことになるとは….!

私自身、これからやってくる環境の大変化にとても驚いていますし、
ありがたいことに周りの方々からも驚きの声や応援の声をいただきます。

そして、よく質問いただくのは、

「え!今って海外に行けるの?」
「どうやって海外の仕事を見つけたの?」
「コロナ大丈夫?」
「なんでポーランドなの?」

というものです。

せっかくなので渡航する前に、どうして今、ポーランドに行くことになったのか。
どんな風に感じて、どう意思決定したのか…ということを、文章にしてみます。

またこれは、「日本語教師にやっとなれる!」という今だからこそ
書ける文章でもありますので、初心を忘れないよう、私自身のために、綴ってみます。

正直、長いです笑
そして、堅苦しく、まとまりきってないです。

拙い文章ではありますが、興味のあるところだけ
かいつまんで読んでいただけるだけでも、喜びます!

目次

はじめまして、あやと申します。生まれも育ちも関西!の28歳です。
日本語教師養成講座を2020年9月末に修了しました。

大学卒業後に新卒入社した国際色豊かなベンチャー企業を、2019年8月に退職し、
日本語教師を目指してアルバイトや業務委託のお仕事で生計を立てながら、養成講座に通っていました。

在学中から日本語教師になるべく就職活動をしていましたが、資格無くしてはなかなかご縁もなく、
そのままコロナ禍に突入して求人は激減。

オンラインで少し教えるものの、本業を日本語教師にするには難しく、
海外に行くのも2~3年先になるだろうと考えていました。

本業を別で持とうか、どんな風に生きていこうか…と考えていた時に、
偶然、現在の内定先の日本語学校に出会い、ご縁があって海外就職することになりました。

きっかけはTwitterにとある記事をシェアしたこと

私にとって大きなきっかけは、
自分の中で自然と狭めてしまっていた選択肢を広げるきっかけをTwitterで得られたことです。

今年8月、なかなか「これだ」と思える就職先に出会えず、
将来の身の振り方に悩んでいた矢先、
ポーランドにあるアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所内の、
アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館の唯一の日本人ガイド、中谷 剛さんの記事が目にとまりました。

 

第二次世界大戦中のドイツ・ナチスのホロコーストについては、中学生の頃からとても興味があります。この記事も私にとってとても興味深いものだったので、全文に目を通し、自分なりの感想をつけてTwitterにシェアしたところ、とある方から返信が。

「〇〇サイトの求人に、ポーランドの募集が出ていました。
そこで働きながら、アウシュビッツについて研究するのはいかがですか?」

このリプライが、私の中にあった固定観念を崩します。

紹介されたリンクへ行き、日本語学校の求人情報を見てみると、渡航予定時期は2020年11月。
そんな直近で海外にいけるのかとびっくりして
ポーランドの渡航情報について調べてみると、ポーランドへは、渡航・入国できそうです。

(※現在は、2020年8月の時点とは、コロナウイルスの感染状況が大きく変化しているので確認が必要です。)

海外で日本語教師として働けるかもしれないチャンスが目の前にあり、応募条件も満たしている。
しかも興味のあるアウシュビッツがあるポーランド!

…これは応募するしかない、と思いました。

それと同時に、自分がいかに固定観念によって自分の可能性に蓋をしてしまっていたかに気づかされた感じがしました。
私の頭の中は当初、

「コロナ禍=そもそも海外渡航できない=海外渡航できるのは先になる=今は諦める」

という考えでいっぱいでしたが、実はそうではなかったんですよね。

どうして、ポーランドを選んだの?

正直なところ、日本語教師を志した当初は、行き先の国にこだわりはありませんでした。

どんな国で就業しても、そこでの出会いや経験は、全て私にとってプラスになるでしょうし、ご縁があったところに行ってみて、そこで一生懸命頑張ってみたい、と考えていました。

ポーランドの求人を知った時、まず最初に思い浮かんだのは、「アウシュビッツにいけるかも!」ということです。

また、日本語教師は欧米に比べ、アジア圏の方がたくさん需要があります。近隣のアジア各国へ日本語教師として行くチャンスは、もう少し年齢を重ねてからでも得られるのではないか、と思いました。

そうであるなら、20代の今のうちに、日本から遠いヨーロッパの国でチャレンジしてみるのも、自分の世界を広げる大きなチャンスだと思いました。

ポーランドには縁もゆかりもほとんどなかった

私にとって、知り合いもおらず、挨拶や文字さえも全くわからないポーランドは、「縁もゆかりもない未知の国」です。

私には世界約30カ国に友人がいます。少なくとも友人がいる国に関しては、その国の文化や言葉に触れる機会があります。彼らを通してその国の文化を感じたり、言葉を覚えたり、彼らと挨拶をかわしたりします。中には、とても身近な存在の方もいます。

私にとって、彼らとコミュニケーションをとるのは、ごく当たり前の日常です。日本にいながらも、毎日、異文化に触れて生活しています。

ところが、応募を決めた当初、私にはポーランドには全く友人がいませんでした。ドイツやデンマーク、近隣のウクライナやハンガリーには友人がいるのに、不思議とポーランドにはいませんでした。

ポーランドが地球上のどこにあるのか、そして、首都ワルシャワの名前だけは知っていましたが、その他の情報(国土の広さや人種構成、宗教など…)は全く知りませんでした。ポーランドはポーランド語が主要な言語の国ですが、それすらもよくわかっていない程度の理解でした。

だからこそ、文字も挨拶さえもわからない国であるポーランドは、私にとってまさに「未知の国」でした。

言葉を知らないからこそ、私はとてもラッキー!

日本語教師としては、そんな国で就業できるこの状況をとてもラッキー!だと感じています。なぜなら、現地でポーランド語を学ぶことによって、日本語を異文化の中の外国語として0から学ぶ方々と似た経験ができるからです。

日本で生活していると、英語の知識は自然と入ってきます。数字や外来語には子供の頃から触れていますし、義務教育の中でも学びます。その他に、私は簡単な韓国語・中国語を知っています。そして、その他のアジア言語やヨーロッパの主要各国の言葉も、聞いたことがあったり、文字を知っていたり、挨拶ができたりします。

私は決してそれらの言語を話せるわけではありませんが、私にとってそれらは、全く未知の言語でもありません。

そのため、大人になってから、全く知らない言語を、その言語圏の中で学習するという体験はそうそうできるものではないな…と感じます。

そんな中、文字すらも知らない言葉を0から学習できるという経験は、必ず日本語教師としてプラスになると確信しています。私はそういう意味で、とても恵まれています。

とっても面白い環境に「えいっ」て放り込まれる感じです。笑

だからこそ、0からきちんと学習し、習得したいです。
この経験を積むことが、私の今の新しい目標のひとつです。

コロナ禍の中でなぜ、今行くのか

今、世界中でコロナウイルスによる感染症が流行しています。ヨーロッパは特にひどく、就業予定先の内定をいただいた頃に比べて、渡航直前の11月に入り、格段に感染者数が増えました。

ポーランドも例外ではなく、国全域がレッドゾーン(警戒区域)に指定され、大統領も感染する等、予断を許しません。いつロックダウン(都市封鎖)になってもおかしくありません。感染者数が桁違いに多い分、感染リスクは日本よりも更に大きいかもしれません。

それをわかっていて、どうして行くのかというと、私にとってこの渡航はかけがえのないチャンスだからです。

私は世界中で日本語教師をしながら、日本のファンを増やしたり、日本を知るきっかけを作りたいと考えています。

将来的に日本のことを好きになってくれる人が増えれば、日本に生まれた私にとってそれほど嬉しいことはないし、それってとっても楽しいことだと思うのです。そして、それはきっと、日本にとってプラスになります。

その最初のキャリアをポーランドで始められるなら、こんなにも大きなチャンスは他にはありません。

コロナウイルスによる感染症の流行を肯定するつもりは全くありませんし、一刻も早い収束を強く願っています。が、もしかするとコロナウイルスの流行があったからこそ、私がポーランドでの日本語教師の職を得られたのではないかと思うことがあります。

世界中に優秀な日本語教師の方はたくさんいます。その中でポーランドでのご縁を未経験の私が掴めたのは、もしかするとコロナ禍の中で、海外に出てみようと一歩踏み出したからではないか、と。だからこそ、渡航を躊躇するのではなく、思い切って行ってみたいと思うのです。

今は、掴んだチャンスをきちんと自分の未来につなげていくため、日々学び、より日本語を愛して、毎日を一生懸命、生きていくことしかないな、と考えています。

最後に

2020年11月11日、無事にオランダ経由でポーランドに入国し、ワルシャワの自宅に到着しました。これからはじまる毎日に期待と楽しみの反面、不安もたくさんありますが、それを払拭して前に進んでいきたいと思います。

渡航前の心境記録はこのへんで。この感覚がどんな風に変わっていくのか、そして私がどんな風に変わっていくのか、これからの自分自身の変化がとっても楽しみです。

そして、このポーランド渡航には、

「あ!私、ポーランドに呼ばれているかも。」

と感じられるような嬉しい出会いもあり、目まぐるしく自分の環境が整った後で、渡航することになりました。

そのお話は、また後日。

 

編集後記

このnoteは、本当は渡航するよりも前に公開したかったのですが、

渡航準備や引っ越しに追われ、なかなかまとめられなかったので、渡航先で最後の仕上げを書き、公開します。

渡航前の気持ちを忘れたくないので、渡航前の記録として書いています。(2020.11.14)